お金に対する意識変化 2

宇宙、星、自然,日常・わたしの場合,気づき・Letters

 

では、お金とは一体何なんでしょうか???

経済学的、スピリチュアル的、様々な視点での捉え方がある中で、私はトランプの「ジョーカー(ババ)」のようなものだと思ってきました。

ジョーカーは、色んなカードに姿を変えることができ、切り札にもなり、ジョーカーを持っていると格段に早く、そして高得点で勝ちを得ることができます。

超便利! 超切り札!

自分の手札に入っていると、やった!と嬉しいし、強気にもなるし、その後のゲームに勝つ安心感がある。

現実を動かし、そういう思いを感じさせてくれます。

 

 

 

そして、そのお金がもつ性質や役割はの一つには、「潜在意識をこの世で現実にするためのツール」があると思います。

お金に関わる人が意識の奥底で感じていることを、目の前の現実に表すことができる。

 

(何かが)無くなる、足りない、と思っている人には、お金を通じて、無くなり足りなくなる世界が生まれ、

 

(何かを)取られたらどうしよう、と思っている人には、お金を通じて、取られるという世界が生まれ、

 

(何かが)沢山ある、恵まれている、と思っている人には、お金を通じて、沢山恵まれる世界が生まれ、

 

(誰からも)愛されている(情としての愛)を感じている人には、お金を通じて、愛情に囲まれた世界が生まれ、

 

etc

 

 

 

「○○に対して、どう感じているか、どういう観念があるか」について、お金が見せてくれます。

○○は、お金とは限らず、物や人間関係や状況や、何でも当てはまり、何を感じているのか、をお金と言うエネルギーが目に見えるようにして教えているのですね。

これが、ユートピア(地球)のある意味面白いところだと思うのです。

(ユートピア地球が何かについては、こちらの記事で

 

 

 

そもそも、お金自体について、「物質としてのお金そのものには、ほとんど価値は無い」のですから。

製造にかかる紙や金属、工賃、光熱費を入れて数円程度だったかな、はっきり覚えていないけれど、額面10000円だとしても、数円から数十円とのこと。

 

 

 

それなのに、不思議ですよね。

私達は、「(ほとんど)無いもの」に、「(十分)有る」という価値をみています。

そして、それに価値を与えているのが、我々の意識(社会の集合意識や個々人のエゴ)であって、

価値の無いものを沢山得るために、身を削り個性を捨て、魂の目的も忘れ、地球の行きたい方向とは逆に向かって日々を過ごしているなんてね。

 

 

 

 

「お金って、有っても無くても同じだな」

「沢山持っていても、大して持っていなくても、大きくても小さくても、同じ」

そんな気づきがやってきて、翌日、洗濯機が壊れました。

そしてその日のうちに急きょ買い替え。

更に翌日、遠出の旅行も決まりました。

2日間でどどんと、数十万円の出費です。

 

 

 

個人的な金銭感覚ではこの額は大きい数字になるのですが、今回は不思議なことに「何とかなる」「必要な動きだから出たものは入って来る」と、落ち着いていました。

「お金は有っても無くても、大きくても小さくても同じ」

この感覚に出会っていたからです。

するとですね、やっぱりちゃんと、出た分が入って来るんですね。

それも数日のうちに、予想もしないところから。

 

 

 

もともと洗濯機は新しいのが欲しいけれど、まだ7年ものだし買い替えなくてもいいや、と思っていました。

それは、色々思考し、計算した、三次元レベルの自分です。

でも、奥深いところには、本当は新しいものが欲しい、更新の時期だ、とあったのですね。

その潜在意識の望みが具現化されたんですね。

そして、「お金はあっても無くても同じ」という大きな気づきがあったことで、思考や条件の枠が消えていき、

大きい小さいの既成概念も溶けていき、「壊れる → 買い替える、出費 → 新品、満足 → 収入得る」という一連の現実が起こりました。

「お金は潜在意識を具現化するツール」であり、さらに、「お金は有っても無くても同じ」

そのことが肚に落ちる出来事でした。

 

 

 

この、「お金はあっても無くても、大きくても小さくても同じ」という意識、そう感じられている方もいらっしゃるでしょうし、違うという方もいらっしゃるでしょうけど、個人的には、この感覚が湧いてきたのは大きな意識変革でした。

その感覚に身をゆだねていると、世界が柔らかく感じられてきます。

お金を通してみていた夢や幻から、覚める感覚になります。

 

 

 

そもそもお金は、沢山持っていても、金額が高いものに囲まれていても、それが魂の成熟度やピュアさや意味や、現実の人間性や人格の良し悪しにはなんら関係ない、のですから。

持っていることが成功、でもないし、無いことが失敗でもない。

有ることが幸せを作り、無いことが不幸せを作るわけでもない。

沢山あることが、魂の豊かさや、霊的な格を表すわけでもない。

 

 

 

地球レベルでの、成功や失敗、幸せや不幸せの意味に、縛られる必要がない、ということなんですね。

縛られなくなると、本質に近づいていく気がします。

 

 

 

 

関連記事 「お金に対する意識変化 1」

 

 

 

 

 

エネルギー

Posted by aria